2022/06/06
『代替チーズの最新技術動向』
Latest technology trends for alternative cheeses
一般的に「代替チーズ」については、各種の呼ばれ方をしていて「アナログチーズ」、「イミテーションチーズ」、「人工チーズ」等があげられる。また流通業界や一部のメディアではその特徴から「植物性チーズ」などが呼び方として用いられている。しかしながら国内では食品衛生法の「乳及び乳製品の成分規約等に関する省令(乳等省令)」で規定されているチーズ(ナチュラルチーズおよびプロセスチーズ)に該当しないため、販売や使用にあたっては「チーズ」という名称を用いることができないので心得ておいていただきたい。
1. 乳製品としてのチーズとは
先にも述べたが、乳等省令上チーズとは「ナチュラルチーズ」および「プロセスチーズ」に該当する各種のチーズとなる。
ナチュラルチーズは貯蔵期間に限界があり、風味も時々刻々と変化していく。これに対して、美味しい状態を少しでも長く留めたいという欲求から新しいタイプのチーズとして開発されたナチュラルチーズを原料として作られたのが「プロセスチーズ」である。
2. 代替チーズが生まれた背景
プロセスチーズは、1911年にスイス人のゲルベル(Walter Gerber)とステットラ(Fritz Stettler)が溶融塩を用いてプロセスチーズの製造に成功したことが起源となり、その後まもなくアメリカでも製造が開始され、1930年代には良質な溶融塩が販売されるようになり、諸外国でも品質、風味、保存性の良いプロセスチーズが作られるようになった。チーズは手間ひまかけて作られるナチュラルチーズは生産、保存ならびに流通にコストがかかり、それを原料とするプロセスチーズのコストも原料によって左右される結果となっていた。
このような背景を基に低コスト化を目的に1970年代に開発がされたのが「代替チーズ」である。最初に導入されたのがアメリカで、その後イギリス、スウェーデン、フランスなどヨーロッパ各地で製造、販売されるようになった。代替チーズの主な用途として、ピザ用シュレッドやハンバーガー用スライスとして使用され、主にチェダーやモッツァレラ、モントレージャックなどのナチュラルチーズを模したものが作られた。国内においても2000年代に入り健康志向の広がりに伴ってコレステロールを大幅カットされたチーズ(商品名:スティリーノ、製造元:マリンフード)などが本格的に製造され販売されるようになった。
3. 現在の国内外の代替チーズの状況
(1) 海外の状況
統計では、世界のチーズ市場がおおよそ年間2000万トンであるのに対して、代替チーズはおおよそ年間150万トン程度と推定されている。また海外で流通している代替チーズの形態は、シュレッドタイプ、スライスタイプ、ブロックタイプ、パウダータイプなど各種が存在している。ピザなどの加熱調理に使用されるシュレッドタイプはターゲットとするチーズが原材料として一切使用されていないにも関わらず、モッツァレラタイプ、チェダータイプなど商品名称になっているものが一部販売されている。
海外においては、ヴィーガン対応としての位置付けであり、大豆タンパクや酵母エキス、香料で味付けがされていて、残念ながらチーズに近い風味とは言い難いものが多い。加熱時の溶け方も本来のチーズとは程遠いものとなっている。海外では、宗教上、信条およびライフスタイルなどから代替チーズが求められる状況もあり、チーズとしての代替素材としての完成度よりも商品コンセプトが優先されている。
(2) 国内の状況
国内状況を見てみると、商品には二通りの形態がある。一つは、原材料の入手から加工、包装して製造するタイプと海外で製造された代替チーズそのものをブロックとして輸入し、国内工場において加工、包装して販売するタイプに分かれる。国内のチーズ消費量がおおよそ年間35万トンに対して、代替チーズとして流通しているのはおおよそ年間7,000トン程度と推定されている。
欧米諸国と比べると市場規模ははるかに小さく普及は今後に期待したい。今後の普及を考えるとカマンベールやモッツァレラなどある一つのチーズの特徴を模したタイプ、大豆由来の豆乳などを使用したタイプとなり、形態としてはシュレッド、スライスタイプなどが主流で流通、販売されると考えられる。
4. 代替チーズの新しい製造技術
代替チーズとして要求される要件は、まず外観や風味、物性などチーズ様の特徴を持っていていることである。現在、市場で流通しているチーズの形態は多岐であるが、主にシュレッド、スライス、ベビー、ポーション、ダイスなどの形態に加工されている。代替チーズとしては、これらの形態を有し白色、黄色味をした外観が要求される。
もう一つが風味としては一般消費者にとって知名度が高く、尚且つなじみのあるチーズに似せる必要がある。馴染みのある主なチーズとしてはゴーダ、チェダー、カマンベール、モッツァレラなどになる。調理加熱後の見た目が人の五感に与える影響も大きい。市販されている多くのチーズ製品は固体であるが、ピザ用シュレッドのチーズやとろけるチーズ、スライスタイプなど調理加熱で溶けて、きつね色に焦げるといった見た目が特徴である。
代替チーズとして求められる要求としては、従来のチーズの溶け広がり方や焦付き方、表面への油分の浮き方、あるいはチーズの最も重要なチーズの持つ糸引き具合をいかに似せることができるかが代替チーズの課題と言える。チーズが持っている同様の物性を代替チーズに付与するために、物性の構成から似せる必要があり、タンパク質、脂質ならびに水を主成分とする食品とする必要がある。この物性構成を基本に乳脂肪を植物油脂に置き換えることでチーズに似た植物性チーズを得ることができる。チーズ様物性の根幹となる成分はレンネットカゼインである。レンネットカゼインは乳タンパクの一種でチーズ中にも含まれている。代替チーズの主成分もこのレンネットカゼインが使用される。レンネットカゼインの主な役割はプロセスチーズと同様に水、油脂を乳化させることである。レンネットカゼインは溶融塩の存在の下では親水基と疎水基の両方の性質を兼ね備えて乳化作用を助長させる働きをする。そのため原材料中のレンネットカゼインの含有率が高いほど冷却後の生地は硬化する傾向に働く。
ピザなどの加熱調理の際は焼成後の風味、食感、溶け広がりなどにも効果を示すことが分かっている。プロセスチーズにおいてレンネットカゼインはチーズ組織の主体を構成し、ボディ感を形成する。チーズ特有の食感、風味および溶け広がりなどの表現にはレンネットカゼインは必須不可欠と言える。レンネットカゼインは乳製品の一種であるため、価格安定が難しく変動しやすいので、使用目的に応じて添加量を調整する必要がある。
乳脂肪の代替品としては、ココナッツオイルやパーム油が使用される。これらの油脂は比較的融点が高いことが特長と言える。融点の低い油脂を用いる場合、代替チーズ製造時の冷却工程後も生地が柔らかく、その後のシュレッドやダイスカットなどの加工での適正な硬度が出せない欠点がある。また油脂の配合量としてはチーズ中の乳脂肪と同程度の量でよい。パーム油は高融点油脂でこの油脂自体が生地の硬化に大きく影響し、添加量が少量の場合は生地が柔らかくなるが、生地のべたつきが発生してその後の加工が難しくなるので留意する必要がある。このような物性が発生する場合、加工デンプンが用いられることがある。加工デンプンには各種のものがあるが食品向けとしてよく利用されるコンスターチや馬鈴薯デンプン、酸化デンプンなどを添加することにより生地の硬度を上げ、増粘性の向上を図るためである。用いる加工デンプンが同様に添加するレンネットカゼインとの添加・配合量割合や相性など十分な検証が必要である。
加工デンプンは食品の造粒などに多く利用され、主な目的は増粘作用、加工、流通時の保形性向上となる。ただし、代替チーズに添加する場合、配合量により生地粘度が上昇し、焼成時の溶け具合などに影響する場合があるので十分注意することが必要である。
現在、市販されている写真1.マリンフード(株)製代替チーズ「スティリーノ」はナチュラルチーズの物性に近いが、製造方法は従来の製造方法とは異なっている。従来の代表的なナチュラルチーズは生乳を原料として殺菌、レンネット・乳酸菌添加、カッティング、撹拌加熱、ホエイ分離、型詰・圧搾、加塩、熟成という工程を経て作られる。
代替チーズのスティリーノは乳タンパク、油脂、水、その他の原材料をすべて乳化釜へ投入し、撹拌加熱しながら乳化させ、充填包装後に冷却するという工程を経る。この工程は、ナチュラルチーズを原材料に溶融塩を用いて乳化釜で乳化するプロセスチーズの製法に近い。ただし、原材料の投入の順番が異なると同じ原材料、同じ配合比率であっても全く別の物性となってしまうことが分かっている。
スティリーノは加熱乳化直後でも液体状であるため、成形が容易であることから、ブロック状やスライス上に成形され、さらにブロック状生地は冷却後シュレッドまたはダイス形状に加工され流通している。
スティリーノの特長としては、従来のベビーチーズやダイスチーズなどプロセスチーズのほとんどが生食を前提として作られているのに対してスティリーノは加熱調理を前提として製造されていることである。これは消費者が調理した際にプロセスチーズにはない、ナチュラルチーズ様の溶け方が求められ、その物性を得るための乳化釜による独自の乳化技術がこの要求を可能にしている。
5. 代替チーズの今後の方向性
代替チーズの今後の方向性を考えると、海外に比べて代替素材の普及が遅い点にある。製造技術的には十分対応可能であるが、根本的な違いは宗教上や信条といった文化があげられる。国内の場合、健康志向が強いことから、食材の機能性食品としての付与が先行してしまう傾向あり、たとえば低脂肪、コレステロール低減、アレルゲンン原材料不使用、ヴィーガン向けに動物性原材料不使用といったものが増えていくと考えられる。
また従来のチーズにない機能性や付加価値を加味し、さらに健康訴求などにマッチした商品が上市されていくと考えられる。新しい乳製品のカテゴリーの1つとして代替チーズが据えられることを期待する。
以上
【参考引用先・文献】
- 「フードテックの最新動向」魚井慎吾、小林泰丈、妹尾詩織 著P87 – P99
シーエムシー出版 - マリンフード(株)HP:スティリーノ(チーズ代替品)
https://www.marinfood.co.jp/product/cheese/ - 木本技術士事務所HP「技術レポート」2022.05.23『乳製品 (クリーム、バター及びチーズ) の基礎知識』https://www.kimoto-proeng.com/report/2576
- 木本技術士事務所HP「技術レポート」2021/11/22『乳製品チーズの製造プロセスの基礎知識』https://www.kimoto-proeng.com/report/2038