技術用語解説48『病原大腸菌 (下痢原性大腸菌:Pathogenic Escherichia coli)』

技術用語解説48『病原大腸菌
(下痢原性大腸菌:Pathogenic Escherichia coli)』

 ヒトは、大腸菌と共存しており大腸内に多数の大腸菌を宿している。多くの大腸菌はヒトに害を与えないが、一部の大腸菌により健康被害がもたらされることが明らかになり、食品衛生さらには公衆衛生上の問題となっている。病原大腸菌という言葉は、1940年代からヒトに腸炎を起こす大腸菌と起こさない大腸菌を区別するために使われるようになった。各種の下痢原性因子を持った大腸菌の総称であり、病原性大腸菌(EPEC)と区別するために、下痢原性大腸菌と呼ばれることもある。
 志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae)に類似する毒素(Vero毒素)を産生する大腸菌に感染すると腸炎のみならず溶血性尿毒症候群も引き起こされることが明らかにされている。

1. 分類および症状

 厚生労働省統計では下痢を起こさせる大腸菌による食中毒を一括して病原大腸菌食中毒としているが、原因菌の性状や患者の症状の違いにより以下のように分類される。
(1) 病原性大腸菌 (EPEC)
 1960年代に多発した主として乳幼児に下痢を起こさせる大腸菌。症状としては、下痢・腹痛・悪心・嘔吐・発熱があり、乳幼児では重症となる場合が多い。
(2) 細胞侵入性大腸菌 (EIEC)
 赤痢菌のように腸管細胞に侵入する性質を持つ大腸菌で、小児や成人が発症することが多い。症状は赤痢に似ており、下痢・発熱・嘔吐・痙攣を起こし、粘血便が見られる。
(3) 毒素原性大腸菌 (ETEC)
 コレラのエンテロトキシンに似た毒素を作る大腸菌で、下痢を主症状とし腹痛も起こす例が多い。発熱例は少ない。
(4) 腸出血性大腸菌 (EHEC、VTEC)
 鮮血便と激しい腹痛が特徴であり、吐き気、嘔吐を起こす場合もある。米国のハンバーガー中毒や埼玉県の保育園で発生した中毒の原因菌H7 O157がこの大腸菌の代表である。O157による食中毒は潜伏期が2~10日と長く、小児では少量の摂取菌量(100~1000cells/個体程度)で発症することから、汚染原因の究明が困難である。症状は消化器疾患にとどまらず腎臓や脳疾患も伴うことがあり、死に至ることもある。
(5) 腸管付着性大腸菌 (EAEC)
 細胞に対する強い付着性を示す大腸菌で、下痢を起こす。詳細は不明である。

2. 血清型について

 大腸菌では主にO、K、Hの3種類の抗原があり、3種それぞれにも多数の特異抗原型が知られており、血清型別に利用されている。O抗原は、菌体に由来する耐熱性の抗原であり、O1~171が知られている。K抗原は、O抗原の表面を覆っている莢膜(きょうまく)に由来し、K1~103まで知られている。H抗原は、鞭毛に由来する抗原でH1~56が知られている。大腸菌は、抗原の種類で分類されることがあり、例えばH7 O157はH7抗原O157抗原を併せて持つ大腸菌を示す。

3.予防について

 (1)~(3)による食中毒では、原因食品不明の場合が多く、また特定の食品との関連性が見られない。(4)ではハンバーガー、その他の肉製品、牛乳、サンドイッチ、水等が原因食品となった例があり、その汚染源としてはヒトや家畜、犬、猫等の糞便が考えられる。予防については、病原大腸菌の耐熱性が低いことにも注目すべきであろうが、他の食中毒対策と同様、清潔、迅速、温度管理の3原則を良く理解し実践することが大切である。つまり、「清潔一食中毒菌を食品に近かづけない」、「迅速⇒食品に付いた食中毒菌に増殖する時間を与えない」、「温度管理⇒食品に付いた食中毒菌を加熱して死滅させるか、冷却して増殖させない」等を消費者も含めて食品取扱者全員が心がけることが必要である。

以上

【参考引用先】

  1. 食品衛生の窓「腸管出血性大腸菌O157」東京都福祉保健局HP
    https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/micro/o157.html
  2. 食品衛生の窓「その他の下痢原性大腸菌(Escherichia coli)」東京都福祉保健局HP
    https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/micro/geri.html