技術用語解説51『α-リノレン酸(α- Linolenic acid)』

技術用語解説51『α-リノレン酸(α- Linolenic acid)』

 IUPA名称は全cis-9,12,15 -オクタデカトリエン酸。炭素数18、二重結合3個を有する多価不飽和脂肪酸の1つで、8:3n – 3と略記される。

1. 性質と分布

 代表的n – 3系多価不飽和脂肪酸で、必須脂肪酸の1つである。植物界に広く分布し、本脂肪酸を出発物質として、イコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が生合成 される。γ -リノレン酸はn – 6系で代謝上はリノール酸と同系統に属するが分布が局限 され、 一般にリノレン酸といえばα -リノレン酸を指す。 食用油脂では、なたね油(11%)と 大豆油(8%)に比較的多いが、その他の油脂では微量成分である。産額は少ないが、えごま油(ペリラ油、しそ油ともいう)はリノレン酸が65%と極めて多く、また工業用に用いられる あまに油にも60%と多い。植物組織では葉緑体に多く含まれ、葉菜類では主要脂肪酸であ る。二重結合を3個持つため、融点は-11.0℃と低く、酸化安定性が悪い。

2. 食品加工 ・貯蔵における特性

 リノレン酸は、食用油脂に多く含まれるオレイン酸やリノール酸などより酸化速度が大 きく、また過酸化物が容易に二次酸化生成物に移行するため、酸化臭を生じやすい。リノレン酸酸化により生ずる主要揮発性成分としては、2,4-heptadienal、2, 4, 7-decatrienalなどがある。そのため、リノレン酸を多く含むなたね油や大豆油は単独ではフライ油としての使用 には難点がある。酸化安定性を向上させるため、部分的な水素添加によるリノレン酸の減少が行われており、また米国での大豆の品種改良の大きな目標はリノレン酸の低下である。

3. 栄養上の特性

 n-3系のリノレン酸は、n-6系のリノール酸に比較し、メチル末端側に1個多く二重結合を持っている。動物ではこの位置に二重結合を導入できないため、リノール酸とは全く異なった代謝経路を取り、両者はともに必須脂肪酸である。しかしn-3系脂肪酸は明確な欠乏症状を示さないため、皮膚異常、成長不良等のはっきりした欠乏症状を示すn-6系 脂肪酸に比べてその生理的意義は副次的と考えられてきた。その後、アラキドン酸(n-6系)やEPAから誘導されるエイコサノイドの生理作用が明らかになるにつれて、両系の生理効果は異なり、また桔抗的な代謝関係にあることが明らかになった。また、n-3系多価不飽和脂肪酸は脳・神経系組織に多く、これらの組織の機能発現に重要である。
 従来、食事の脂肪酸のバランスにおいては、高脂血症への影響から多価不飽和脂肪酸(P)/飽和脂肪酸(S)比が重要視されてきたが、エイコサノイドのバランスが循環器障害などの疾病に影響することから、n-6/n-3比も重要なことが認識されるようになった。国内では第5次改訂(平成6年)の栄養所要量において、初めてn-6/n -3のバランスが言及され、現況に相当するおおよそ4:1が適切とされている。
 正常な成人では、リノレン酸からDHAに至る生合成経路があるので、リノレン酸を摂取すればn-3系脂肪酸欠乏にはならない。しかし、リノレン酸自身はβ酸化を受けやすく組織には蓄積しにくいので、組織でのn-3系脂肪酸の蓄積量はリノレン酸とEPAあるいはDHA摂取では異なる。

以上