『ステンレス鋼腐食の基礎知識』

『ステンレス鋼腐食の基礎知識』
Basic knowledge of stainless-steel corrosion

 食品製造機械は、主にステンレス鋼材料を用いて製作される。食品は、塩分や水分を含むものが多い。さらに洗浄においては、酸性洗剤やアルカリ性洗剤などの洗浄剤を用いる。そのため製造設備の特に食品と直接接触する部分については、衛生面を考慮して腐食に対する要求が厳しいといえる。本レポートでは「金属の腐食形態の分類」について解説することにする。

 ステンレス鋼が腐食する状況は、その環境によって異なり、またその腐食要因も単に化学的あるいは電気的な因子によって腐食するだけでなく、実際には機械的な因子も加わって促進されることを考慮しておく必要がある。

 図1.ステンレス鋼の腐食形態の分類系統図
図1.ステンレス鋼の腐食形態の分類系統図

 ステンレス鋼の耐食性は、不働態化皮膜によって得られるものであるため、溶接焼け取りに際しても、素材の表面にせっかく形成されている皮膜を破壊することなく、むしろ評価するような配慮が必要であり、万一その逆に皮膜を破壊するような処理を施すと、その後の環境次第によっては次のような各種の腐食を発生させることになることから、食品製造機械・設備においては留意しなければならない基礎知識となる。腐食形態の分類を以下にまとめる。

1. 孔食

写真1.孔食の腐食事例
写真1.孔食の腐食事例

 金属のある特定の部分が優先的に腐食されて生じた孔を食孔(pit)といい、このような腐食形態を孔食という。孔食は、特にアルミニウムやステンレス鋼などの不働態皮膜を生成しやすい金属に生じやすく、その腐食原因には食塩や塩化カルシウム、次亜塩素酸塩など、塩素イオンによって生じる腐食である。

2. 隙間腐食

写真2.隙間腐食の事例
写真2.隙間腐食の事例

 隙間に侵入した液体が循環されにくいために次第に液中の酸素が減少し、局部的な濃淡電池状態が生じることで起こる腐食を隙間腐食といい、食品装置内で問題となるのは、ステンレス鋼など不働態金属とパッキンなど絶縁材料との間で生じ、この場合も孔食と同様に塩化物溶液中の場合に発生する腐食である。

3. 粒界腐食

写真3.粒界腐食の事例
写真3.粒界腐食の事例

 ステンレス鋼を直接加熱や溶接処理で600~800℃付近まで徐冷し、長時間の溶接処理によって、金属結晶の粒界部にCr(クロム)が欠乏し、不働態化しにくくなることによる局部腐食現象をいう。

4. 脱成分腐食

写真4.脱成分腐食
写真4.脱成分腐食

 真鍮など銅-亜鉛系合金に見られる特有の腐食形態を脱亜鉛腐食といい、亜鉛含有量が15%以上の銅合金で腐食環境に置かれた場合、その腐食形態は主として多孔質金属銅に富んだ組成に変化し、その形態はほとんどそのまま保持して機械的に脆化しやすくなる腐食現象をいう。

5. 応力腐食割れ

写真5.応力腐食割れの事例
写真5.応力腐食割れの事例

 これは金属素材内部に引張応力が残留しているとき、あるいは加工時に外部から応力がかかった場合など、腐食に応力が加わると促進され、その腐食形態は細かい小枝状の割れを生じる腐食現象である。

6. キャビテーション損傷

写真6.キャビテーション損傷の事例
写真6.キャビテーション損傷の事例

 キャビテーションとは空洞現象のことをいい、これに伴う腐食は水に分散している微小な気泡が金属表面で局所的高圧によって崩壊し、この時ごく短時間ではあるが非常に高い圧力(数百~数千気圧)を水に伝えるので、その付近の金属は損傷を受け表面はざらつき、時には一見スポンジ状となる。ポンプのインペラやスクリュ部、ホモジナイザ部に見られる腐食がこれにあたり、磨耗腐食(erosion corrosion)の一つとして位置付けられる腐食現象をいう。

◇ステレス鋼の腐食原因

 ステンレス鋼の腐食原因にはどのような種類があるのか。考えられる腐食の原因について解説する。

1. 塩化物の付着

 海岸地帯での使用や、人間の汗が付着するような環境で起こるさび。ステンレス鋼表面に付着した塩化物イオンによって、表面の不動態皮膜が不安定となり、さびが発生する。

2. 付着物によるさび

 砂やほこり、煤(すす)などの微細な飛来物がステンレス鋼に付着する場合、さびが発生することがある。これらのさびは、付着物のためにステンレス鋼表面へ酸素が届きにくくなって表層の不動態皮膜が不安定化したり、付着物が塩化物の付着を助けたりするために起こる。

3. もらい錆

 保管環境・使用環境によって、他のさびやすい金属の鉄粉がステンレス鋼に付着することで起こるさび(もらい錆)。さびやすい金属はもちろん、それらが塩化物などの付着を助長するため、ステンレス鋼自体にもさびがつく。鉄道付近や鉄工所の付近などで起こりやすいさび。

4. 塩酸や硫酸などの付着

 硫黄、酸などを含む工場排ガス、排水、または温泉地の大気などを原因として起こるさび。これらの物質がステンレス鋼の不動態膜を損傷させることで腐食が始まる。

◇ステンレス鋼の腐食対策

 ステンレス鋼の腐食を防ぐために取りうる対策にはどのようなものがあるか。それぞれ、腐食が起きないようにする対策を解説する。

1. もらい錆対策

 もらい錆は、海岸地帯や工場地帯・鉄工所の近辺などの環境にあり、塩化物イオン、金属粉、砂などの付着・堆積を受けるものに発生することが多い。この場合、雨や洗浄によって定期的に付着物が洗い流されるような環境に置くことで、もらい錆を防止できる。

2. 粒界腐食対策

 金属組織を構成する粒界に腐食が生じる「粒界腐食」は、金属製品の製造時に450℃~850℃で加熱された場合にクロム炭化物が生成される。このとき粒界からクロムが失われることが原因で起こる腐食が粒界腐食である。クロム欠乏状態に陥った金属は耐腐食性を低下させるため、この部分から腐食が始まる。粒界腐食を防ぐ方法には主に次の2通りがある。
① クロムがクロム炭化物に変化してしまった後のステンレス鋼を再び高温で固溶化熱処理することで、クロムを金属内に再び戻す方法がある。
② 炭素含有量の少ないステンレス鋼を使用し、クロム炭化物の生成を軽減する方法になる。

3. 孔食対策

 塩素イオンを主な原因として、ステンレス鋼の耐腐食性の要となる不動態被膜が孔状に破損することで起こる腐食である。対策としては、付着した塩素イオンを洗浄すること、塩素イオンがステンレス鋼の表面に滞留しないように接液流体の流速を一定以上に保つこと、モリブデンを添加したステンレス鋼、またはクロムが多く含まれるステンレス鋼を使用することなどがある。

4. 隙間腐食対策

 ネジ締め部位やガスケットと継手などにほんのわずかな隙間ができ、隙間内部が酸欠状態になることで起こる腐食である。これを防ぐためには、根本的な対策として隙間が発生しないような構造に変更すること、また、それ以外にはクロム、モリブデン含有量の多い素材の使用、隙間部分に防食剤を使用するなどが考えられる。

5. 応力腐食割れ対策

 応力腐食割れとは、使用時に部材にかかる応力や製造時の残留応力が積み重なって、やがて素材の破損に至る形の腐食である。防止策としては、応力のかかり方の設計上の見直し、熱処理による圧力軽減、塩素イオンなどの腐食促進物質の除去や清掃、高温状態の回避などがある。また、特に応力腐食割れに強いSUS304L、SUS316Lなどを使用するという方法を用いる。

 ステンレス鋼は腐食耐性の高い特質を持つ金属ではあるが、正しい使用環境に置かなければさびを発生する。さびないのではなく、さびにくいだけであって、使用環境中に含まれるさび誘発因子に対応した適切な防食を行うことで、ステンレス鋼の耐用年数を伸ばすことができる。

以上

【参考引用先】
1. 腐食と防食 著者:岡本 剛 他 出版:大日本図書
2. ステンレス鋼の損傷とその防止 著者:須永寿夫 出版:日刊工業新聞社
3. ステンレス鋼の基礎と上手な使い方 著者:根本力男 出版:日本工業出版