『蒸発濃縮設備における設計の心得』

『蒸発濃縮設備における設計の心得』
Design knowledge for evaporation concentration equipment

 蒸発濃縮は溶液中の水分または(蒸発しやすい成分)を沸騰蒸発させ、濃度の高い溶液を得る操作として、食品や化学などの多くの分野で長く使用されている技術である。
 食品分野では、牛乳や果汁など液状食品や砂糖やインスタントコーヒーなどの粉体・粉末食品など製造過程においては、90%近くが水分であるため、その輸送、貯蔵、加工の過程で濃縮・脱水、乾燥負荷軽減を目的として予備濃縮操作の必要性が生じる。
 蒸発濃縮装置を設計するにあたり、対象物質の物性、処理能力を考慮し、最適な形式を選定することが重要なポイントになる。また、蒸発濃縮操作はスチームなどの熱エネルギーを多量に必要とすることから、ランニングコストを最小限に抑えた経済性の高い方式を選定することも大切になる。
 蒸発濃縮の設備を計画する際には、次のようなポイントに留意が必要である。

1. 設備化のポイント

① 沸点上昇

 溶質が溶媒に溶けている原液は一般的に濃縮が進むにつれて沸点が上昇する。 沸点が上昇することで上昇分だけ有効温度差が減少するため、蒸発能力不足につながる恐れがある。設定濃度に達した時点での沸点上昇を十分考慮した濃縮蒸発器の設計が必要となる。また液の深さ(液深)によっても、沸点上昇は発生するので注意する必要がある。

② 泡沫現象ならびに飛沫同伴

 発泡性のある原液によっては消えにくい泡層が液面を覆い、遂には蒸発缶から溢れだしてしまうことがある。このような泡沫現象を防ぐには、機械的に破泡するか、蒸発能力を落として発生を抑える必要がある。消泡剤の添加に問題がない場合はその利用も検討してもよい。また沸騰液面で破泡した泡のミストがそれ自体の運動エネルギーあるいは、蒸発蒸気に吹き上げられて一緒に飛散することがある。 この現象を飛沫同伴といい、蒸発目的成分以外まで蒸発側に移動してしまうので注意する。
 その対策として 次のようなことを行うことを検討する。
・蒸発缶の上部空室を高くする
・蒸発缶内径を大きくして蒸発蒸気の上昇速度を遅くする
・出口に飛沫補修器(デミスターやサイクロン、ミストキャッチャー)を設置する
などの検討が必要となる。
 泡沫現象や飛沫同伴が起こると収率低下やドレインの汚染に繋がるので、この対策は重要なポイントになる。

③ 熱感受性

 原液、製品の中には長時間高熱、高温状態にさらされると、熱分解などの変質を起こし、品質が損なわれる場合がある。その対策としては、次のような検討を行う。
・真空蒸発で沸点を下げる
・伝熱表面の流速を上げることで液の滞留時間を短くする
など原液を過熱させないようにする必要がある。一般的に薄膜流下方式などを採用するとよい。

④ スケールの生成

 原液中には濃縮が進むにつれ溶けていた溶質(例えばCa 、Mg、 Naの強酸塩、有機酸塩類)が伝熱表面に析出し、スケールを生成する場合がある。スケールが成長し付着が増すと伝熱効率が下がり、蒸発能力が低下すので、運転を停止して機械的な方法や化学的な方法を用いて除去する必要が生じる。スケールの付着を防ぐ方策としては、強制循環方式を用いるなど液の流速を速くすることが有効である。

⑤ 粘性の上昇

 一般的に濃縮すると液濃度が高くなり粘性も上昇するので伝熱効率が低下する。粘性の影響を大きく受ける多重効用缶では、逆流方式を採用して高温側を濃縮液とすることで粘性が低下し、伝熱効率を良くすることができる。また例えば、糖液のような粘性が高く自然循環が困難な場合は強制循環方式や撹拌機付のカランドリア型式の採用を推奨する。

⑥ 結晶化

 原液によっては濃縮が進み飽和溶解度以上になると結晶が析出する場合がある。このような場合は、強制循環方式や撹拌機付のカランドリア型式を採用し、結晶が蒸発缶内で沈降堆積するなどが起こるので、伝熱管内で付着成長して閉塞を起さないようにする。また、定常運転時には結晶の発生が無くても排出後や温度低下時に析出する可能性があるため、これらを十分考慮した機器の選定さらには運転方法にも配慮することが大切である。これらの注意点を考慮した最適な蒸発設備の選定が必要となる。

2. 装置型式と操作方式による分類

図1. 装置型式の分類

図1. 装置型式の分類

図2. 操作方式の分類

図2. 操作方式の分類

 食品分野においては、蒸発濃縮法は野菜・果汁製造で最も採用されている方式であり、図1.に装置型式の分類、図2.操作方式の分類を示す。現在では多重効用缶による真空濃縮が一般的である。貯蔵・輸送上のメリットによるところが大きいが、デメリットとして水分蒸発時に香気成分も同時に除かれてしまうことや加熱による成分変化が起こることがあげられる。図3.に多重効用缶の模式図を示す。

図3.多重効用缶の模式図

図3.多重効用缶の模式図

3. 代表的な蒸発缶の概要と事例

表1.代表的な蒸発缶の概要と事例

型式 概要 事例 液質による適用可否
希薄溶液 高粘度溶液 泡立ち スケール 晶析 熱感受性
自然循環型 最も単純なものは、加熱室と蒸発室を切り離した構造。 点検や取替えが容易であり、高さに制限がある場合に有効で、ランニングコストが安価な事も特徴 糖液・水飴の中間濃縮 ×
カランドリア型 一般的な濃縮缶として幅広く用いられており、最も適応性の広い形式。 液はカランドリアの加熱管内を沸騰しつつ上昇し、中央のダウンテークに集まって降下する自然循環型
〈応用型〉
バスケット型:加熱管部分を取り外し、予備と交換可能。
プロペラ型:
缶内にプロペラを取り付けた強制循環方式で高粘性にも対応
糖液や水あめの最終濃縮結晶 ×
強制循環型 蒸発缶の液を強制的にポンプで大量循環させる形式。 伝熱温度差が少ない時、粘性が大きくて自然循環が困難な時などに用いられる。 スケール付着が少なく、発泡性液にも適している 化学工場のスラリー液等の結晶・スケーリングが有る場合の濃縮
薄膜流下型 伝熱面の上部より液を薄膜状に流下させて蒸発させる形式。 食品や医薬品のような熱に敏感な物質の濃縮に適している。 保有量が少ないため、始動・停止が短時間で行える ミルク・果汁・酵素の濃縮 × × ×
薄膜上昇型 伝熱面の下側より液を供給し、沸騰状態にする。サーモサイホンを利用。 蒸発能力あたりの設備費は通常最も安く、大容量向け。 形状は、多管式熱交換器のチューブ長さを長くしたもの。 管内を一回通過させて濃縮する例が多く、液深による沸点上昇が小さい。
薄膜上昇型を検討するにあたり、原液が管内にて薄膜を形成するかの判断が難しい。既設の機器更新については、対応可能
澱粉関連のパルプ廃液の濃縮、ミルク、製薬、ゼラチン × × ×
ジャケット・コイル型 タンクや撹拌槽にジャケットやコイルを設け熱媒を流し、 缶内を沸騰・蒸発させる形式。バッチ濃縮に適している。 運転休止時に缶内に人が入る構造も設計でき、メンテナンスに優れている スラリー液や高粘度液の煮上げ濃縮 ×

4. 設備設計に必要な要求仕様検討項目

① 液名称
② 処理量及び運転時間
③ 供給濃度、温度及び仕上濃度
④ 物性(密度、粘度、比熱、熱伝導度、沸点上昇、潜熱等)
⑤ 熱源及び冷却水条件
⑥ pH及び腐食性の有無
⑦ 熱安定性
⑧ 発泡性の有無
⑨ 結晶性、スケール生成の有無
⑩ その他制約条件
など
 溶液の物理的や化学的性質、希望設計条件および利用可能なユーティリティ源を検討し、要求仕様に基づいて最適な装置を選定することが大切である。
またコンパクトで省エネルギー効果や自動化を十分考慮した設計、製作も重要なポイントになる。

5. 製造プロセスでの濃縮事例

 砂糖、果汁、ジャムなどの濃縮の経験の中から、代表的なジャム製造プロセスにおける濃縮事例について解説する。
 ジャムの最も特徴的な工程であるが、水分を蒸発させて糖度を上げることが主目的である。同時に果肉に糖を浸透させ液部の糖度と同じにする工程でもある。フルーツの割合の多い(水分量が増えて濃縮率が高くなる)ジャムを濃縮する場合、沸点が100℃以上に上昇(糖度が高くなると沸点上昇を起こす)、且つ20~40分程度の長時間高温状態にさらされると次のような品質への悪影響がある。
① 芳香成分が揮発して、オフフレーバーとなる
② 色素の分解とメイラード反応が生じ、色沢の低下が起こる
③ 砂糖の転化が進行して、飴色が発生する
④ ペクチンの分解によるゲル化の低下が起こる
などがあげられる。
 そのため、高品質な製品を製造するために、減圧下で低温濃縮する方法が用いられる。これらの装置の場合、濃縮温度は、60℃以下で行われることが多い。ただし、濃縮スピードが速いと、果実部分への糖の浸透より液部の糖度上昇が速くなり、十分な糖の浸透が行われない。そのため充填中あるいは冷却中に果実が浮上してしまうことになる。十分な浸透時間を取り糖度を同じ状態に近づけることが重要である。

図4.ジャムの濃縮概略フロー

図4.ジャムの濃縮概略フロー

 図4.にジャムの濃縮概略フローを示ように、バキュームポンプを用いて、減圧操作を行うが、水蒸気の体積は水のおおよそ1700倍であるから、一旦凝縮させて体積を小さくした水の状態で排水するような仕組みの設計をする。凝縮のための冷却装置は、十分な伝熱面積と冷熱がないと凝縮が不十分となり排気量が追い付かないことになる。蒸気スピードは加える蒸気量(熱エネルギー)に比例する。糖度の上昇カーブをモニタリングしながら、蒸気の供給量を制御することで、蒸発スピードはコントロールできる。蒸発時の圧力を、バキュームポンプ経路の排気操作によって一定に保つことで蒸発温度は安定させることができる。

以上

【参考文献と関連記事】
1. 日本食品工学会編「食品製造に役立つ工学事典」恒星社厚生閣
2. 日本食品工学会編「食品工学」朝倉書店
3. H.Pライブラリー【食品工場キーワード】2021.08.27「真空濃縮(Vacuum concentration)」