2022/08/01
『食品製造機械・装置に用いる材料選択基準の考え方』
Concept of material selection criteria used for food manufacturing machines and equipment
1. はじめに
食品製造機械メーカーにおける材料選択は、安価で、一定の環境下で与えられた機能と信頼性を兼ね備え、安全に成し遂げるためには最適な材料の選択を行わなければならない。
食品加工機械・装置における材料選択において考慮しなくてはならないことは、ステンレス鋼の使用を基本として代替材料を用いる場合、ステンレス鋼と同様の耐腐食合金、鋼に様々なライニングを施したライニング鋼材料、セラミック、プラスチックのような非金属材料での材料選択は操業の技術的必要性、信頼性と安全性、経済的限界、規制、被規制の場合の法的要求、そして、特に重視してほしいことは過去の経験と機能実績を考慮することである。
2. 腐食を最小化するための設計
食品加工機械・装置では、腐食を最小化するための設計が要求される。腐食の中でも特に局部腐食は、プロセス使用におけるステンレス鋼の破損原因の約90%を占めている。従って、ステンレス鋼容器および配管は局部破壊のリスクが最小になるように、設計、調達、メンテナンスを行わなければならない。隙間、液溜まり、およびトラップは隙間腐食のリスクを低減するために避けることが大切である。全ての製造段階においては、特に曲げ、成形、溶接などは標準要領を満足していなければならない。溶接継手設計の重要ポイントであり、溶接継手は隙間とそれに続く様々な腐食問題を起こす可能性があるので、次のような溶接は避ける。
(1) すみ肉溶接はスムーズで、連続でアンダーカットは避けること
(2) 突合せ溶接はスムーズであること(段違差が生じないこと)
(3) 可能であれば、タンクの角溶接は避けること。このような場合、側面での溶接が望ましい
これらは基本的な心得である。
食品加工機械・装置の配管ライン、容器は傾斜を持たせ自然排水(重力排出)できるように施行する。トップノズル、側面ノズル、およびボトムノズルは洗浄が可能なように適切に設計されなければならない。ステンレス鋼材は低炭素または安定化グレードを溶接構造物に使用し、溶接金属は溶接される金属より合金成分が高いものを選択する。高塩化物溶接に接する箇所の高い残留応力は避け、必要ならば溶接構造物の応力除去を行う。合金の選択は、規定されたサービス環境での耐腐食性を基に行うなどがポイント。
3. 構造材料に対する技術要件
食品加工業界向け食品製造機械・装置材料の選択において次の4つに対して技術的な要求を満たす必要がある。
【4つの技術要求】
(1) 耐腐食性
(2) 機械的性質
(3) 物理的性質
(4) 加工性
である。
(1) 耐腐食性
耐腐食性の技術要求は食品機械・装置において必須の要求である。腐食は材料とその環境間の化学的または電気化学的な反応であり、材料と環境双方に影響し、食品加工においては、プロセス機械・装置と貯蔵設備・装置、および製造される製品である。腐食は材料表面の粗さに影響を与え、その結果洗浄性に悪影響をおよぼす。耐腐食性は、プロセス機械・装置の寿命と性能のみではなく、製造される製品の品質においても必須事項である。製品の汚染および着色を引き起こす可能性があれば表面の腐食もまた同様に障害として扱う必要がある。
材料の腐食は化学成分、温度、溶存ガス、分散固形物質、流量、通気差、微生物種の存在、その他の数々の要素によって影響される。また、緊急停止を含む正常な操業条件からの逸脱によっても影響を受けることもある。隙間の存在、配管システムの曲げ半径、排水できない、または蒸気が滞留し液溜まりが発生するトラップ部の存在のようなプロセス機械・装置の設計によって影響される。金属構造物において、腐食は、全面腐食、孔食、隙間腐食、粒界腐食、応力腐食割れ(SCC)、ガルバニック腐食、その他のさまざまな形態を取る可能性があることを考慮しなければならない。
理想的には、プロセス機械・装置用構造材料は、正常創業時、考えうる正常操業からの逸脱時、双方のプロセス環境に対して耐食性があることである。しかし実際には、ほとんどの構造材料がその後メンテナンスまたは交換しなければならない有限期間内でしか良好な耐食性を維持できない。材料の選択規定における助けとなるのがステンレス鋼と他の材料に対する腐食の多くの実質的データが国際防食技術者協会(NACE)、化学プロセス業界材料技術学会(MTI)による出版物および様々な金属材料メーカー、エンジニアリング団体の技術出版物に掲載されているので参考とするのが望ましい。
(2) 機械的性質
機械的性質は、材料の引張り強さ、硬さ、および延性を含む性質である。これらは、主に材料の成分組成、製造加工中の材料の熱処理と機械的処理、実際の使用中における材料の温度次第である。機械的性質は、腐食によって悪影響を受けるので、材料の選択は材料の性質における腐食の影響を考慮しておかなければならない。ステンレス鋼の機械的性質に対する基準は、ASTM、EN、BS、DIN、AFNOR、JIS等の規格および材料メーカーの製品カタログなど参考にすることが好ましい。
(3) 物理的性質
ステンレス鋼の物理的性質は、材料の化学成分と結晶構造で決まってくる。それらは、比重、融点、磁性、および熱および電気伝導性である。熱伝導性は特に熱交換器にとっては重要である。熱伝導性が卓越するような材料は使用中に大きな腐食層を生成することから、その当初の利点が失われ材料を劣化するが、ステンレス鋼は多少熱伝導性が劣るものの、腐食物質の断熱膜を生成することがない。
(4) 加工性
加工性は、成型、切断、曲げ、引張り、接続および熱処理を受けて、プロセス機械・装置、貯蔵設備・装置に使える構成部品材料の実際に加工が可能な性質である。加工性は材料の機械的性質と成分次第で決まってしまう。それは材料の製造前および製造中の熱処理および機械処理によって、また加工における温度によって影響される。加工性のパラメータは、溶接性、機械加工性、熱処理性および成形性である。表面仕上げは加工中の重要な工程であり、食品加工においては使用中およびメンテナンス中に重大な影響をおよぼす可能性がある。
ステンレス鋼はプロセス機械・装置の製造に使用される技術的要求として広範囲の耐食性、ならびに機械的性質や物理的性質、および加工性を満足するものでなければならない。
食品加工機械・装置の部品に対する最適なステンレス鋼合金はステンレス鋼の特質と機能の専門家(製鋼メーカーなど)と食品加工プロセスの専門家の間ですり合わせて決めるのが望ましい。
4. 信頼性と安全性
プロセス機械・装置は火災、爆発またはプラント、あるいは従事者、または周辺環境に対して危うくする物質の放出が最小リスクで必要最低限の使用条件をクリアしなければならない。
ステンレス鋼の耐腐食性、機械的性質、ならびに優れた加工性はステンレス鋼から製造される機械・装置の信頼性と安全性に対し付与されるものでなければならない。良い機械・装置とエンジニアリング設計と適切な製造管理は、構造材料に関係なく全ての機械・装置製造において必須の条件である。
5. 規制および法的な要求事項
構造材料は、国家、または地方当局によって課せられる様々な健康、安全ならびに環境に対して一定の要求事項を満足しなければならない。例えば、米国においてはASME BPVC (ASME ボイラおよび圧力容器基準)、ASME/ANSI 圧力配管基準 (ASME/ANSI B31.3) およびASTMのような団体による適用規格および仕様書を満足する必要がある。他の国では同様の規格・基準 (EN、JIS等) 満足しなければならない。
ステンレス鋼の規制および法的な要求事項は食品加工業界だけでなく、各種のプロセス業界において卓越した機能の長い歴史を持ち、認知され、さらにプロセス業界における材料の使用条件など、国家および国際正規規格要求として加味されている。
6. 経済性の考慮
プロセスにおいて適切な技術基準、信頼性と安全性の要求事項、および適用法的規制を満足する複数の候補を特定した後、経済的な観点を考慮しなければならない。機械・装置部品のコストは、初期コスト、運転コスト、メンテナンスコスト、および交換コストの合計が機械・装置のライフサイクル最終時点の残留価値を下回ることが最良とされて定義される。運転およびメンテナンスコストはエネルギー、各種材料と人件費だけでなく、メンテナンス、修理・補修のための停止期間中の製造品の機会損失ロスも含んで考える必要がある。明確な機械・装置の初期コストは、構造材料の選択における重要な基準であるが、考慮すべき唯一のものではない。材料は機械・装置の製造時からライフサイクルベースで選択することが重要である。
ステンレス鋼は常に最低の初期コストとはいえないが、往々にしてプロセス機械・装置の製作においては最低のライフサイクルコストとなるように経済性の観点を考慮して設計が進められる。材料と機械・装置のライフサイクル算出の詳細な方法は、製鋼メーカーやエンジニアリングメーカー、団体などの論文や技報など参考とすることが好ましい。
7. 過去の経験則と機能実績
過去の操業実績は材料に対する最も重要な基準の1つである。しかしながら新材料を試験的に採用したり、基礎的な実験データを基に選択することは材料技術の発展にも寄与する。プロセス機械・装置の部品において、ある材料が信頼でき経済的であることが、過去の経験則から得られた機能実績がある場合は、プロセス環境における材料に対する信頼できる腐食データが裏付けられていることであり、同一環境での材料の再評価は通常不要となり、経済的である。
食品加工業界においてステンレス鋼は、ポンプ、バルブ、ミキサー、反応容器、殺菌機、乾燥機、貯蔵タンク、培養装置、包装機械、配管およびその他の機械・装置の多くに広く使用されている。腐食データなどは比較的容易に入手できることから、ステンレス鋼の機械的および物理的性質のデータを比較検討してプロセスに対して最も有効な材料を選択することが重要である。
最後に、
食品加工業界で用いられるステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼である。特別な使用環境においてはその要求により2相または高機能合金鋼など適切な選定、選択、設計、使用するときの環境や制約条件などを考慮して耐腐食性、延性、および加工性などを上手く組み合わせて設計することが大切である。
ステンレス鋼は、高品質表面仕上げ、清浄性、ならびにサニタリ状態の維持が必須である食品加工機械・装置において高い信頼性を持って使用することができる。現在では、様々なステンレス鋼が開発され上市されているが、それぞれの特性や特質を正しく理解して、食品加工機械・装置への適切な材料の採用を行えるように設計技術者は心得としなければならない。
以上
【参考文献・引用】
- EHEDGガイドライン「Doc.8 衛生的装置の設計基準」
- EHEDGガイドライン「Doc.9 衛生要求に対応したステンレス鋼の溶接」
- EHEDGガイドライン「Doc.32 食品と接する装置・機器の構造材料」
- EHEDGガイドライン「Doc.35 食品加工産業におけるステンレス鋼配管の衛生的溶接」
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木本技術士事務所HP 技術レポート「ステンレス鋼腐食の基礎知識」
https://www.kimoto-proeng.com/report/1606